<月刊パセオフラメンコ名作アーカイブ/1992年3月号)

加部 ここ数年の日本に於けるフラメンコの盛り上がりの中で、お二人が面白い存在として浮かび上がって来た、というのが僕の印象なんですが、かたや佐伯さんは舞台芸術としてのフラメンコ、つまり外に向かった、インターナショナルな側面に立っていますね。一方堀越さんは、むしろ内に向かって、ルーツに向かってフラメンコの核心に迫るという立場にいると思うわけです。佐伯さんはフラメンコ協会などを通して、堀越さんは「フラメンコ狂日記」を通して一つの思想を表現しているわけですが、言うなれば一種のオピニオン・リーダーとして...............。
堀越 オニオンリーダー(笑)。
佐伯 僕は「バブル・佐伯」と呼ばれている(笑)。 うたかたのまに......。
加部 ただ、お二人のフラメンコに対するアプローチはかなり違うと思うんですが。まず、堀越さんの日記を読むと、僕は一つの答が出ていると思うんですよ。なにかというと、「アフィシオン」(芸術への愛、愛好心)なんです。それは「答え」であると同時に、一種の「救い」 でもあります。
佐伯 僕も、堀越さんの「フラメンコ日記」を読んだ時、あそこしかないと思っ た。あれがやっぱりフラメンコに対する堀越さんの温かい接し方だなと思ってた。 堀越さんの場合は、加部さんが言われたように、スペイン人アーティストを多くの友人に持ちながら、生活レベルでフラメンコの核心に向かってぐいぐい歩いていかれている。しかし僕の場合、日本にいて、日本人フラメンコをいかに、日本の風土に合った芸術として定着させるか、実に先の見えないことに精出している。
■スペイン、それぞれの出会い
佐伯 書評やらせてもらったでしょ、「フラメンコ狂日記」 (週間読書人)の。僕、堀越さんの文章に対してね、球返しきれなかった。
堀越 ああ、ありがとうございました。
佐伯 物書きのはじにいる人間としてもそれなりに自負があったんだけど、堀越 さんの文はね、融通無碍なんだよね。 これだけ複雑な球を投げられるとね、どう切り返していいかわかんない。こっちはただの棒球、ストレートしか返せないんだからさ。あの、堀越さんの絵も何処か似ている所があるのかな... 「アンダルシア・バロック」みたいな。「いやあ困ったぞ」みたいなさ(笑)。でもさっきの ・・・ビデオ見ていたら、すごいおおらかな絵をお描きになっているんで、びっくりしちゃって。
堀越 ああ、そうですか。
加部 文章は速書きっておっしゃってましたよね。絵も速描きですか?
堀越 絵も速描きです。
佐伯 文章速書きですか!?
堀越 はい、そうです。
佐伯 参った!(笑)
加部 修正しない?
堀越 します、します。置いておくわけ。 だから、文章も速く書いちゃうけど、置 いとくわけです。気の変わった時読んで、直すっていう感じです。
佐伯 僕もそれだ。同じスタイルなんですよ。文章修行やって、物書きになったんじゃなくて、写真から転向していったでしょう。で、直観的に時間差執筆がいいと決めちゃった。 一度ぐちゃぐちゃでもいいから結末まで書く。それを三日でも四日でも寝かしといて、書き直すやり方ですね。......しかし本当に、博覧強記で困るんだよね、堀越さんの文章ってのは。
堀越 (笑)
佐伯 カンテとの出会いは?
堀越 僕は踊りは、確かに、昔見て「ああ、面白いもんだな」なんて思っていたことがあったけど、やっぱり心に残っていたのはずっと歌なんですよね。初めに、まだフラメンコを知らない頃から。
佐伯 はじめて出会ったカンテ・ホンドと言うのは誰なんですか?
堀越 あれですよ、アウレリオ・セジェスだったかな。
佐伯 それは、いつごろの時代ですか?
堀越 スペインへ行く前ですからもう、 二十年くらい、もっとまえになるんですかね。
佐伯 最初に聴かれた時、どんな感じだったんですか?
堀越 やっぱり、「ああ、おもしろいな」って思ったんですね。 ただ、何が何やら分からなくて区別も何もつかなかったですけどね。今にして思えば、あれは、アウレリオ・セジェス。
加部 ああ、そうですか。逢坂剛さんとおなじですね。逢坂さんもあれが好きなんですよね。
佐伯 だからね、逢坂さんも堀越さんも、ちゃんとあるの。スペインに行く理由が。俺、なんにもないんだよ、風の吹くままに、あっち行っちゃったんだよね。その吹き溜まりがスペインというだけ。
堀越 どうやって行かれたんです?
佐伯 大学の専攻が映画でしてね。卒業しても仕事がない。で、テレビのCMをやっていてね、そのあぶく銭もって、ふらふらっとヨーロッパ、アジア回ったってかんじです。それでその時心に残ったのがスペイン。
堀越 闘牛の写真はどうして始めたんですか? 僕、佐伯さんのお出しになった「闘牛」を昔友人に送ってもらって、あれで闘牛を勉強したんですけど(笑)。
佐伯 不幸な世代だ(笑)。言葉で言っちゃうとアフィシオンなんでしょうね。そこに居ること自体がおもしろかったんですよ。理屈無かったですね。あの時代の闘牛界ってね、オーラを発散させてい るスターがたくさんいたんですよ。その人たちにね、出来るだけ近づいて、見たかった。ある時期の美空ひばりとかね、都はるみを追っかけるみたいにね。
堀越 闘牛士は、旅ですよね。
佐伯 うん、まず旅ですね。旅の記憶しかない、闘牛を追いかけていると、つねに移動してるって感じで。
堀越 で、闘牛士自身だって、あれ、しんどいですよね。
佐伯 しんどいですよ。だから、ヘミングウェイっていう人は、へんな人だなって。あんなゆったりした恋愛さたなどはないって(笑)。
堀越 ああ恋だの愛だのやってる暇ないよね(笑)。昔の闘牛士っていえば、エル・ビッティなんて覚えてますよ。
佐伯 サラマンカの人ですね。
堀越 そう。いつまで経っても、牛も動かなきゃ人も動かない。で、雨が降ってきたりして、「どうすんだこれ」って、「寒いぞ!」なんて言われたり(笑)。 迫力ですよね、あれ、一種の。何かある んですよ。
加部 で、どうなったんですか、最後は。
堀越 結局は殺しましたけど。まぁ、みんなにピーピー吹かれてね。両方で対峙してる訳でしょ。牛も動かない、闘牛士も。凄い緊迫感でしたよ。
佐伯 古典的なスタイルですよね。絶対的な間合いが人と牛の間にありますから。そこのぎりぎりの所でやってる訳だから、時空を超えているの(笑)。

“対談 日本人とフラメンコ~血の超克とアイデンティティ~<佐伯泰英(作家) V.S 堀越千秋(画家)>” に対して2件のコメントがあります。