1.魚の餌食になるがいい(前編)
(歌手:テレモート・デ・ヘレス/曲種:ブレリア・ポル・ソレア)
最初のご紹介は約40年前、1980年のライヴ録音です。昔のレトラはオリジナルに近く、本来の意味が知れる場合が多いので選びました。
曲種はブレリア・ポル・ソレア。「ソレアのテンポのゆっくりしたブレリア」の意味です。歌手はテレモート・デ・ヘレス(1934~1981)。直訳で“ヘレスの地震”という、迫力ある熱血歌唱が売りの大スターでした。今は孫のマリア・テレモート(1999~)が、その芸を継承し活躍しています。
では、歌詞の構成を、最初から順番に見ていきます。
①
Esta gitana merece
このヒターナの報いさ
esta gitanita merece
このヒタニータの報いさ
la eche a un barquito perdido
破れ船に投げこまれ
y se la comen los peces
魚の餌食になるがいい
②
De tarlatana era el vestido
お衣装のターラタン
para el niño de San Antonio
サン・アントニオ様の幼子が
que lo tiene en los brazos
御腕でお召しになるものは
que se lo tengo ofrecido
わたしが奉納したのです
③
Nunca de la ley falté
愛は忘れたことがない
que la tengo tan presente
いつでも現在進行形だから
como la primera vez
まるで出会った頃のように
④
Mira qué buena era mi madre
母さんは素敵な人だった
yo la vi sin el mantón
マントン無しでいたんだぜ
y lo había empeñadito
そいつを質に入れちまい
pa(ra que comprarme un camisón)
(俺にシャツを買うために)
一つの「レトラ」は、①~④の各番号のように、3~4行詞で構成されたものを、ひとかたまりと考えます。
①はテレモートが得意としたヘレスの伝承詞で、「このヒターナの報いさ(Esta gitana merece)」を枕詞に、結末が異なるパターンを、他の唄い手も録音しています。
ヒターナは、自分の恋人か妻でしょう。2行目は1行目と同じ文言のリピートですが、「gitana→gitanita」と縮小辞「ita」を加え、変化を付けています。
3、4行目は、彼女の末路を「破れ船に投げ込まれ」「魚の餌食になるがいい」と、怨念を込めて歌います。一見マッチョですが、現実の暮らしでは妻の尻に敷かれ、カンテの世界でストレス発散という側面も、多分にあったようです。
②はキリスト教の世界へ飛びます。ターラタンとは薄手の透けたモスリン生地を指し、2行目の「サン・アントニオの幼子」に寄贈する衣装のことです。
男女の愛憎から、聖者が腕に抱く幼子へ――レトラ①から②へ、ガラリと内容が変わるのも、カンテの特徴です。歌うテレモートの胸中には、何らかの因果関係があったかもしれません。単に①~④を一括りで記憶しているとも考えられます。
(後編③④に続く)
【出典】「Historia del Flamenco /Testimonios flamencos I」より聴取り翻訳。
最初のご紹介は約40年前、1980年のライヴ録音です。昔のレトラはオリジナルに近く、本来の意味が知れる場合が多いので選びました。
曲種はブレリア・ポル・ソレア。「ソレアのテンポのゆっくりしたブレリア」の意味です。歌手はテレモート・デ・ヘレス(1934~1981)。直訳で“ヘレスの地震”という、迫力ある熱血歌唱が売りの大スターでした。今は孫のマリア・テレモート(1999~)が、その芸を継承し活躍しています。
では、歌詞の構成を、最初から順番に見ていきます。
①
Esta gitana merece
このヒターナの報いさ
esta gitanita merece
このヒタニータの報いさ
la eche a un barquito perdido
破れ船に投げこまれ
y se la comen los peces
魚の餌食になるがいい
②
De tarlatana era el vestido
お衣装のターラタン
para el niño de San Antonio
サン・アントニオ様の幼子が
que lo tiene en los brazos
御腕でお召しになるものは
que se lo tengo ofrecido
わたしが奉納したのです
③
Nunca de la ley falté
愛は忘れたことがない
que la tengo tan presente
いつでも現在進行形だから
como la primera vez
まるで出会った頃のように
④
Mira qué buena era mi madre
母さんは素敵な人だった
yo la vi sin el mantón
マントン無しでいたんだぜ
y lo había empeñadito
そいつを質に入れちまい
pa(ra que comprarme un camisón)
(俺にシャツを買うために)
一つの「レトラ」は、①~④の各番号のように、3~4行詞で構成されたものを、ひとかたまりと考えます。
①はテレモートが得意としたヘレスの伝承詞で、「このヒターナの報いさ(Esta gitana merece)」を枕詞に、結末が異なるパターンを、他の唄い手も録音しています。
ヒターナは、自分の恋人か妻でしょう。2行目は1行目と同じ文言のリピートですが、「gitana→gitanita」と縮小辞「ita」を加え、変化を付けています。
3、4行目は、彼女の末路を「破れ船に投げ込まれ」「魚の餌食になるがいい」と、怨念を込めて歌います。一見マッチョですが、現実の暮らしでは妻の尻に敷かれ、カンテの世界でストレス発散という側面も、多分にあったようです。
②はキリスト教の世界へ飛びます。ターラタンとは薄手の透けたモスリン生地を指し、2行目の「サン・アントニオの幼子」に寄贈する衣装のことです。
男女の愛憎から、聖者が腕に抱く幼子へ――レトラ①から②へ、ガラリと内容が変わるのも、カンテの特徴です。歌うテレモートの胸中には、何らかの因果関係があったかもしれません。単に①~④を一括りで記憶しているとも考えられます。
(後編③④に続く)
【出典】「Historia del Flamenco /Testimonios flamencos I」より聴取り翻訳。
③は男女の愛へテーマが戻ります。①の激烈な恨み節とは打って変わって、自らの一途な愛の誠実ぶりを、積極的にアピールします。
④はカンテの主要テーマとして不可欠な、母親礼賛のレトラへ転じます。精細な刺繍をほどこしたショール「マントン」は、アレグリアスを始め踊り舞台で使う定番アイテムですが、当時のヒターノ一族の女性にとって、ファッション小物として必須の肩掛けでした。
そんな大切なものを質に入れ、息子のシャツを買おうとする母親。いつの時代も母は偉大でした。観客の男たちの感極まった叫び声がそれを物語ります。
歓声にかき消されたレトラを推測し、テレモート本人が良く歌うヴァージョンを入れたのが、カッコ内の最終行です。
①から④を振り返ると、大河のような感情が底流にあることに気付かされます。憎く、愛しく、聖なる「女性」の多面性を、いちどきに語っているわけです。そう考えると唐突な転換も、それほど不自然でない気がしてきます。
ことし2021年は、1981年9月6日の逝去からちょうど40年目。現地メディアではさまざまな追悼企画が組まれました。これを機に今一度、あの炎の歌声に耳を傾けるのも、早世した英雄への供養となるかもしれません。(了)
2023年春のキャンペーン
アクースティカ倶楽部に参加すると、人気イベントに無料で参加できたり、過去の全てのアーカイブが視聴できます。また会員サイトでは様々なコンテンツで学んだり、楽しいライブ・イベントやプロジェクトに参加することができます!