<月刊パセオフラメンコ名作アーカイブ/1991年6月号)
第53便 「セゴビア事件」上
文/堀越千秋(画家)
世に名高いセゴビア事件について、 語ろう。
ミゲルが、あす朝11時にサンタ・アナ広場へ来いよ、駅までパリージャを迎えにいくんだ、と言ったが、僕は行かなかった。僕には早すぎる時間なのだ。1時すぎにブラブラ出かけてみる。案の定、安レストラン「カルド」(本当の名はイヒニオという。老主人の引退と共に今は別のバルになってしまったが)をのぞいてみると、マヌエル・アグヘタ(唄い手)と絵描きのホアン・コレアと初老の紳士が卓を囲んでコシードをすすっていた。ミゲルはいなかった。初老の紳士はパリージャ・デ・ヘレスではなかった。
僕が入っていくと、マヌエルが「へイッ!」と手を上げた。
マヌエル「すわれ。食え」
給仕が来て、コシードの皿を置いてった。
マヌエルが初老紳士と僕を紹介する。
「これがチアキだ。これがモラオだ」
ヘレスのギターの大立物、これがマヌエル・モラオだった。モラオは、ギシギシいう木のイスから肥り気味の腰をわざわざ浮かして、握手をしてきた。1985年6月12日のことだ。